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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)14号 判決 1995年6月29日

東京都港区新橋二丁目九番五号 新橋中銀ビル四階四一号3A

原告

ブァーセック社こと 浅野雅実

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

新堀敏彦

古川敞

木本邦男

木上律子

主文

一  本件訴えのうち、原告の平成元年分の所得税に関し、みなし法人課税による損失額の繰越を認めるよう訂正を求める部分を却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告に対し、金五五三万一一六〇円を支払え。

二  被告は、原告の平成元年分の所得税に関し、みなし法人課税による損失額の繰越を認めるよう訂正せよ。

第二事案の概要

一  本件において原告が求めている訴えはその趣旨が必ずしも明らかではないが、要するに、原告の昭和六二年分及び昭和六三年分の各所得税について還付金が生じていたはずであるにもかかわらず、税務署職員の怠慢によりその還付手続がなされないために損害を被ったとして損害賠償を求める(以下「本件損害賠償請求」という。)とともに、神奈川税務署長が平成四年二月六日付けで原告に対してした原告の平成元年分の所得税の更正において、みなし法人損失額の繰越をしない扱いにしたのは違法であるとして、被告に対し右繰越を認めるよう求めている(以下「本件繰越請求」という。)事案であると解される。

二  当事者間に争いのない事実等(なお、書証により認定した事実については、適宜書証を掲記する。)

1  原告はブァーセック社の屋号でOA機器等の販売業を営んでいる者であるが、昭和六一年一二月一七日に、昭和六二年分以降に係る所得税につき、租税特別措置法(平成四年法律第一四号による改正前のもの、以下「措置法」という。)二五条の二のみなし法人課税の適用を選択し、その際、事業主報酬は年額一二〇〇万円として計算する旨函館税務署長に届け出た。(乙四号証)

2  原告は、昭和六二年分の所得税につき、昭和六三年三月一五日に確定申告を行い、昭和六三年分の所得税につき、平成元年三月一五日に確定申告を行った。

3  ところが、原告は、右各確定申告において、事業主報酬額を年額二〇〇〇万円として計算するとともに、昭和六二年分については昭和六一年分以前三年以内に生じた純損失額を所得額から控除せず、昭和六三年分については事業主報酬額からの源泉徴収税額を所得税額から控除していなかったこと等から、平成四年二月六日、神奈川税務署長は、右各年分の原告の所得税額を再計算した上、昭和六二年については還付金の額を一七三万三一四〇円に増加させる旨の、昭和六三年分については一一万〇五八〇円の還付金がある旨の更正を行った。(甲四、五号証、乙五、六号証)

(なお、以上の経緯については、別表一及び別表二のとおりである。)

4  また、神奈川税務署長は、平成四年二月六日に、原告の平成元年分の所得税について更正を行った。(甲六号証)

5  原告は、昭和六二年分及び昭和六三年分の事業主報酬に係る源泉徴収すべき所得税を現在まで納付していない。

第三当裁判所の判断

一  本件損害賠償請求について

本件損害賠償請求の争点は、原告の居住地を管轄する税務署の職員が昭和六二年分及び昭和六三年分の各還付金を現在まで原告に還付していない行為が、違法な加害行為といえるかという点にある。

そこで検討するに、みなし法人課税は、個人事業の所得についても、納税者の選択によって、法人の課税形態に類似した課税方式を認めるものであり、事業主報酬の額については、事業主の給与所得に係る収入金額として所得税を源泉徴収して所轄税務署に納付しなければならず(措置法二五条の二第三項三号)、この場合、納付すべき税額から源泉徴収税額等が控除しきれなかった場合には、還付金が生じることになる。ところで、確定申告又は更正により、計算上所得税の還付金の額に相当する金額が生じたとしても、源泉徴収税額のうち未納付のものがあるときは、未納付部分相当金額については還付を留保することとされている(所得税法一三八条二項、一五九条三項)。そして、甲四、五号証によれば、原告が未だ納付していない源泉徴収税額は、昭和六二年分が二二四万〇六四〇円、昭和六三年分が二〇八万〇〇八〇円に達することが認められるところ、右の原告の各未納納付源泉徴収税額が、右各年分に生じた前記各還付金額を上回っているのは明らかであるから、税務署職員が原告に右還付を行っていないのは所得税法一三八条二項、一五九条三項に従った措置であると認めることができる。

したがって、税務署職員の右措置に何ら違法はないことに帰するから、他の点について判断するまでもなく、原告の本件損害賠償請求は理由がなく、棄却を免れない。

二  本件繰越請求について

本件繰越請求がいかなる類型の訴えなのか必ずしも判然としないことは前述のとおりであるが、仮に、平成四年二月六日に神奈川税務署長がした原告の平成元年分の所得税についての更正の取消しを求める訴えであるとすれば、その被告とすべきは、国ではなく、原告の居住地を管轄する税務署の税務署長であるから、右訴えは被告適格を有しない者に対する不適法な訴えというほかない。

また、仮に、本件繰越請求をいわゆる無名抗告訴訟の一類型たる義務付け訴訟の趣旨であると解するとしても、被告を誤っているのは更正の取消しの訴えと解した場合と同様であるし、行政事件訴訟法が抗告訴訟の類型を法定している趣旨に照らせば、かかる義務付け訴訟は、少なくとも、他に適切な救済方法がない場合に限り許されるものと解すべきところ、原告の主張によれば、原告の平成元年分の所得税については、みなし法人損失額の繰越をしない扱いの更正がされたというのであり、これにつき不服があるのではあれば右更正の取消訴訟等を提起し得るのであるから、他に適切な救済方法がない場合に当たらないことは明らかであり、いずれにしても不適法な訴えというほかない。

三  以上のとおりであるから、本件訴えのうち平成元年分の所得税につきみなし法人課税による損失額の繰越を認める訂正を求める部分はいずれにしても不適法であるから却下し、原告のその余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋山嘉延 裁判官 竹田光広 裁判官 岡田幸人)

別表一

本件更正処分の経緯(昭和六二年分)

別表二

本件更正処分等の経緯(昭和六三年分)

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